高齢者が自由に動き回れる環境を整えておくことは、寝たきり老人を作らないという観点から重要なことです。何故なら寝たきり老人を作らないということは、楽しい老後を送れるという個人の立場からも、医療費を増大させないという社会の立場からも重要な意味を持っているからです。
高齢者が自由に動き回れる環境を整備するには、高齢者が日常生活で何に不便を感じ、何を支援すれば良いのかを調査し、必要となる支援策を「社会インフラ」として整備することが重要です。このための基礎データとして、それぞれの事柄について、各年齢の高齢者のうち何パーセントが不便を感じているかを定量的に調査し、それに年齢別人口をかけることで、それぞれの支援策についての社会全体の受益者人口を割り出し、重要度に着目しながら順次整備していくことが必要となります。
このことは極めて自然な発想だと思いますが、これまで全高齢者を対象として日常生活における不便さの調査を行った例がありませんでした。これは「要介護」あるいは「要支援」の高齢者に関しては厚生労働省の管轄となりますが、それ以外の「自立」している高齢者についてはどこの省庁も担当になっていないからです。一口に「自立」とは言っても個々の事柄についてみれば支援を必要とすることが多々あります。高齢者ではありませんが、本研究会の世話人である樋口も2級の下肢障害者ですが、身の回りのことはすべて自分でしていますので、高齢者の場合に当てはめれば「自立」に分類されます。それでも、個々の事柄についてみれば、エスカレーターが使えない、大便は洋式トイレでないとできない、等の問題があり、支援が必要となります。
高齢者の運動や知覚の能力をデータベース化しようとする試みとしては、(社)人間生活工学研究センター(略称:HQL)が多数の高齢者の基本的な能力のデータを収集しています。調査対象となっている高齢者の数が非常に多いので、基礎データとしては極めて貴重なものですが、測定項目が運動や知覚の基本能力に限られいるため、そのデータだけから、日常生活における具体的な行動でどういう不便を生ずるかを直接推定することは困難です。
このような観点から地域の広さはある程度犠牲にしても良いので、その地域に暮らしている全高齢者に対して日常生活でいろいろな事柄に不便を感じているか否かを調査すると感じていました。折りしも平成11年度〜平成12年度に通信・放送機構(TAO)の助成研究開発としてKDDI株式会社が実施した「高齢者・障害者用生活活性化情報案内システムの研究開発」において、世話人樋口が研究責任者として「高齢者・障害者用鉄道最適経路案内システム」の試作の担当に当りました。この研究開発の一環として日常生活全般のいろいろな事柄について、日頃不便を感じているか否かのアンケートを行いました。このアンケートの全質問項目の集計結果は「高齢者の日常生活に関するアンケート全項目集計結果」をご参照下さい。
このアンケートの主な項目の集計結果をまとめたものは2001年8月に岡山で開催された第16回リハビリテーション工学カンファレンスで発表されました。今回のアンケートのように全高齢者を対象にした調査はこれまで例がないため、発表会場でもいわゆる「タマ」として今後現場で要求を上げていくときの基礎データにしていくというご意見を多数頂き、大変励みになりました。