高齢者の日常生活に関するアンケート
Questionnaire about Daily Life of the Elderly People

KDDI株式会社/(株)KDDI研究所/バリアフリーライフ技術研究会
樋口 宜男

 このページは第16回リハビリテーション工学カンファレンス(2001年8月27〜29日にママカリフォーラム岡山にて開催)で発表した内容をhtml形式で記述したものです。講演論文集に掲載されている原稿のpdfファイルも別途用意してあります。

論文の構成

1.はじめに
2.調査対象者
3.集計結果
 3−1.移動に関する項目
 3−2.トイレ等に関する項目
 3−3.放送・通信などに関する項目
 3−4.買い物および商品に関する項目
4.おわりに
参考文献

1.はじめに

 来るべき高齢社会に向けて、加齢に伴う諸問題に対応するための社会的な対策を急ぐ必要があるが、このためには、各年齢の高齢者の何%がどういうことに困っているかを定量的に把握しておくことが必須である。このデータと年齢別人口分布のデータを用いることで、ある事項に対して講じた対策によって何人の人が恩恵に浴せるのかを定量的に求めることができる。
 このような観点から高齢者の運動特性や知覚特性を定量的かつ体系的に把握しようという試みが(社)人間生活工学研究センターによって行われており、多数の高齢者のデータが蓄積されているが(1)、基本的な機能の計測に重点をおいており、日常生活における具体的な行動でいかなる不便を感じているかを直接的に推定する資料としては不十分である。
 それぞれの事項に対して高齢者の何パーセントが日常生活で不便を感じているかを論ずる場合、いかに偏りなく多くの高齢者の実態を調査するかが大きな問題となる。このためには日本全国の全高齢者を対象に実態調査を行うことが理想ではあるが、それは不可能であるため、調査対象地域をある程度限定しても、地域内のなるべく多くの高齢者の意見を聴取できる体制を確立することが望ましい。
 筆者らは筆者の勤務先((株)KDDI研究所)がある埼玉県上福岡市の老人クラブ連合会の全面的な協力を得て、約九百名の高齢者の日常生活に関するアンケートを実施した。調査内容は3.に詳述するが、日常生活の不便さに関する63項目の質問と、読みやすい文字の大きさの限界を調べる4項目の質問からなるアンケートを実施した。

2.調査対象者

 調査対象者は合計894名であり、その年齢および性別の分布は表1に示すとおりである。調査対象者のうち、介護保険の認定、身体障害者手帳の交付の比率は表2に示すとおりで比較的低かった。なお、外出が困難な高齢者も含めて調査するために、集会所に集まって一斉に記入する形式と、各家庭にアンケート用紙を配布し、記入後回収する形式とを併用した。

表1.調査対象者の年齢および性別
年齢 男性 女性 不明 比率(%)
64歳以下 10 20 0 30 3.4
65〜69歳 56 86 0 142 15.9
70〜74歳 82 132 0 214 23.9
75〜79歳 83 141 4 228 25.5
80〜84歳 61 106 2 169 18.9
85〜89歳 26 43 2 71 8.0
90〜94歳 10 8 0 18 2.0
95歳以上 0 2 0 2 0.2
不明 2 4 14 20 2.2
330 542 22 894 100.0
比率(%) 36.9 60.6 2.5 100.0

表2.要支援・要介護・身体障害者手帳取得の比率
認定種別 人数 比率(%)
介護保険の要支援 30 3.4
介護保険の要介護(1〜5) 42 4.7
身体障害者手帳取得 38 4.3

3.集計結果

 以下にアンケートの集計結果を示す。アンケートには前述したとおり年齢の情報も記入してあるため、年齢別に処理することも可能であるが、ここでは年齢による影響は無視し、全高齢者に対する傾向を概観する。

3−1.移動に関する項目

 移動に関しては合計40項目の質問を行った。この中から主な項目の集計結果を表3〜5に示す。

表3.階段等に関する問題点
質問内容 回答 (%)
階段を昇り降りするときに手すりは必要ですか? 必要 64.0
どちら側の手すりを利用しますか? どちらでも 30.4
左側 12.5
右側 18.7
手すりの途中が途切れていても問題ありませんか? 困る 10.3
エスカレーターは使えますか? 使えない 4.8
エスカレーターを利用するときに不安を感じたことはありますか? ある 19.7
エスカレーターとエレベーターではどちらが使いやすいですか? エスカレーター 52.6
エレベーター 41.6
エレベーターの壁に手すりがあれば良いと思ったことがありますか? ある 50.2

表4.交差点や歩道、横断歩道に関する問題点
質問内容 回答 (%)
歩道と車道の間の段差が気になることがありますか? ある 51.8
歩道に敷石やレンガが敷き詰められているときに歩きにくいと思ったことがありますか? ある 50.6
青信号の時間が短すぎると思ったことがありますか? ある 37.7

表5.バスや電車に関する問題点
質問内容 回答 (%)
バスカードの挿入口や両替機の挿入口、料金支払い口などが見にくくて困ったことがありますか? ある 32.9
バスの車内放送は聞き取れないことがありますか? ある 43.2
降車ボタンを押すのに困ったことがありますか? ある 17.2
バスを降りるとき料金が分からず困ったことがありますか? ある 37.8
電車の切符を買うときに困ったことがありますか? ある 50.9

 まず、垂直移動の基本要素である階段であるが、64.0%の高齢者が階段を昇り降りするときに手すりを必要としていることが確認された。同時に注目すべきは31.2%(すなわち3人に1人)の高齢者は左右いずれか自分に適した側の手すりしか利用できないことが分かった。駅の階段では両端だけに手すりが設置され、しかも右(あるいは左)側通行の指定がされている場合があるが、この場合には6人に1人の高齢者は他の乗客の流れに逆らいながら、自分の必要とする側の手すりを使用しなければならないことになる。衝突の危険を考えると、中央に自立型の手すりを設置し、左右の手すりを自由に選択できることが望ましい。
 次は階段の代替手段としてのエスカレーターおよびエレベーターについての項目である。歴史的に見ると、平成3年に「鉄道駅におけるエスカレーターの整備指針」が策定された後、平成5年に「鉄道駅におけるエレベーターの整備指針」が策定されており、エレベーターよりエスカレーターの設置が優先されてきた経緯があるが、エスカレーターについては4.8%(20人に1人)の高齢者が利用できないと答えており、19.7%(5人に1人)の高齢者は利用するときに不安を感じたことがあると述べている。また、エスカレーターとエレベーターではどちらが使いやすいかという質問に対しては、41.6%の高齢者がエレベーターの方が使いやすいと述べている。
 なお、エスカレーター利用時の不安の内容としては、エスカレーター上を歩く人のために片側に寄らざるを得ず、どちらに寄ったら良いのか分からない、あるいは自分としては乗りにくい側に寄らざるを得ないという意見が多かった。
 エスカレーターが利用できない4.8%の高齢者は足腰が弱っているものと推測され、そのような高齢者のために1日も早い全駅へのエレベーターの設置が望まれる。
 さらにエレベーターについては50.2%の高齢者が手すりがあれば良いと答えており、エレベーターの設置に当たってはこの点についても十分に考慮する必要がある。
 歩道や交差点に関する質問では表4に示すような結果が得られている。この中で注目すべきは、50.6%の高齢者が歩道に敷石やレンガが敷き詰められているときに歩きにくいと思ったことがあると答えている。最近「町の美化」の美名の下に歩道に敷石やレンガを敷き詰める例が散見されるが、これらは高齢者にとっては決してありがたくない代物である。「美観」より「安全」を優先すべきであり、従来から弱視者が問題にしている、周囲と同色の点字ブロックと同様の問題を孕んでいる。
 次に、バスや電車に関する質問の結果を表5に示す。かなり聞き取りやすいと考えられるバスの車内放送でも43.2%の高齢者が聞き取れないことがあると答えているのは注目すべきであろう。

3−2.トイレ等に関する項目

 トイレや洗面所、ホテルや公共施設に関しては以下に示した質問を含め7項目の質問を行った。主な項目の集計結果を表6に示す。特筆すべきは洋式トイレしか使えない高齢者が22.7%(4人に1人)いるという結果で、駅などの洋式トイレ設置率を考慮すれば、相当数の高齢者がいざというときに困っていることが容易に想像できる。
 また、滑りやすい床や毛足の長いじゅうたん、重いドアなど、ホテルや公共施設が高級感を醸し出すために導入した設備が高齢者にはかえって使いにくくなっている実態がはっきり現れている。

表6.トイレや洗面所、ホテルや公共施設に関する問題点
質問内容 回答 (%)
(大便の場合)トイレは和式でも洋式でも利用できますか? 洋式しか利用できない 22.7
和式しか利用できない 3.0
トイレの水の流し方が分からなくて困ったことはありますか? ある 24.8
ホテルや公共施設の床が滑りそうで怖いと思ったことはありますか? ある 42.1
毛足の長いじゅうたんを歩きにくいと思ったことはありますか? ある 30.8
ホテルや公共施設のドアが開けにくいと思ったことはありますか? ある 31.5

3−3.放送・通信などに関する項目

 テレビやラジオ、新聞や雑誌、電話に関しては以下に示した質問を含め10項目の質問を行った。この中から主な項目の集計結果を表7に示す。
 声が聞き取れない、字幕が読み終われない、小さい文字が読みにくいといった各点について、それぞれ約半数の高齢者が困っているという結果が出ている。これと並んで、文化的バリアとしてカタカナ語がある。後述する商品の英語表示同様、英語教育を受けていない高齢者には理解が非常に困難である。
 なお、電話に関しては困っている人の率が低かったのは意外であったが、これは携帯電話などの利用を端から諦めており、それらに触れる機会が少ないことによるものと推測される。

表7.テレビやラジオ、新聞や雑誌、電話などに関する問題点
質問内容 回答 (%)
テレビやラジオで言っていることが聞き取れないことはありませんか? ある 41.2
テレビの字幕の表示時間が短くて困ったことはありますか? ある 55.0
新聞や雑誌の文字が小さすぎて困ったことはありますか? ある 51.8
テレビやラジオ、新聞や雑誌で使っている言葉の中にカタカナ語が多くて困ったことはありますか? ある 43.1
携帯電話を含めた電話をかけるとき文字が小さすぎて困ったことはありますか? 普通の電話でもある 14.1
携帯電話ではある 19.4
銀行や郵便局の自動預払機で困ったことはありますか? ある 40.4

3−4.買い物および商品に関する項目

 買い物および商品に関しては5項目の質問を行った。主な項目の集計結果を表8に示す。いずれの項目についても半数の高齢者が不便を感じており、特に英語表示については3人に2人の高齢者が困っているという実態が明らかになった。
 横道に逸れるが、ちょうどこれと対照的な事象として、外国人向けの英語表示の欠如も大きな問題となっている。例えば、現在JRで発行している座席指定券には英語の表示が全くなく、多くの外国人には判読不能だと思われる。

表8.買い物および商品に関する問題点
質問内容 回答 (%)
スーパーマーケットなどで売られている商品の表示の文字が小さすぎて困ったことはありますか? ある 52.9
販売されている商品の表示が英語だけで困ったことはありますか? ある 67.8
ビニール袋の口が開けられなくて困ったことはありますか? ある 47.9

4.おわりに

 今回上福岡市老人クラブ連合会の全面的なご協力を頂き、約九百名分のデータが得られ、従来考えられてきた以上に高い率で高齢者がいろいろなことに不便を感じていることが浮き彫りにされた。今後、これらのデータを基に、行政や各企業へのバリアフリー化の働き掛けを行っていく必要があると考えている。
 なお、本調査は通信・放送機構(TAO)の高齢者・障害者向け通信・放送サービス充実研究開発助成金を得て実施した。

参考文献

(1) (社)人間生活工学研究センター「高齢者身体機能データベース」 (http://www.hql.or.jp).

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