プロジェクト「情報福祉の基礎」

概要

1.まえがき

 本プロジェクトは、バリアフリーな情報通信機器のユーザインタフェース実現に不可欠な障害者や高齢者の認知特性や感覚特性、身体特性、行動特性などを解明する為の基礎研究を、体系的、総合的に実施することを目的としている。
病気や事故により一時的に障害となっている人々も多い。デジタル・ディバイドと言う言葉があるが、このことは高齢者や障害のある人をはじめとする多くの人々がデジタル機器を使いこなせず、不利な状況になっていることを指している。
このため、バリアフリーな情報通信機器を設計するために、指針に纏めたり、規格として示したり、法制化する動きが国内外で活発になってきている。しかし、その裏付けとすべき障害者や高齢者の認知特性や感覚特性、身体特性、行動特性などの実態は殆ど解明されておらず、その基礎的研究を組織的に進めることが急務となっている。

2.バリアフリーな情報通信機器

 情報通信機器の使用場面を見てみると、使用しているヒト、その人が使用している機器、両者を繋ぐヒューマンインタフェースからなっている。怪我や病気で一時的障害状況となっているヒト含む障害者や高齢者は、目や耳、肢体などに何らかの障害があったり、知的機能や能力が低下するなど、何らかの機能や能力に制約を持っており、残存の機能や能力のみに頼らざるを得ない(以下、視聴触覚や操作など、ヒトの様々な入出力の各々をチャンネルと呼ぶこととする)。このため、必ずしもその残存機能に適さない構造を持つ情報に変換した情報を扱かったり、操作せざるを得ない。そのために「心的負荷」は非常に大きくなっている。
 したがって、先ずは視聴覚など(チャンネル)の特性や、そのチャンネルで使用される情報の構造・性質を明らかにし、「心的負荷」のより軽い情報構造を明らかにする必要がある。その結果に基づき、ヒューマンインタフェースを構成し、またそこで入出力される情報を適切に変換・加工することが求められる。
 例えば、重度の視覚障害者はディスプレイに表示される情報を音声や点字に変化して獲得せざるを得ない。ディスプレイに表示される情報は、そこに固定されているため、晴眼者にとっては、記憶することも必要がなく、画面上の相互の位置関係の持つ情報も容易に読み取ることができる。しかし音声や点字は情報が固定されず、揮発性であり、また画面の持つ2次元の情報関係は失われ、時間的に1次元の情報になってしまう。このため、視覚障害者は、揮発性で1次元方法となっている音声や点字から、その内容を記憶し、かつ各情報の相互の関係を実時間で理解し、記憶してゆかなくてはならない。言い換えれば、極めて大きな「心的負荷」を課せられていることになる。したがって、実時間理解を容易にする音声の情報構造の解明や、複雑な情報相互の関係を解り易くする表現手法の検討と、その実現が必要になる。
 肢体不自由者の例を見てみると、巧緻な身体制御が困難であったり、特定の限られた運動機能を用いて一つのスイッチで機器を制御せざるを得ず、その「心的負荷」はきわめて大きいことが解る。このため、多様な障害の実態に即した生理的・身体的負荷や認知的負荷の解明が重要になる。さらに、その結果に基づき、生理的負荷を軽減する入力機器の構造や機能、操作回数が少なく、理解の容易で操作ミスの少ないアルゴリズムの開発が必要となる。
 本プロジェクトの大きな特徴は、この「心的負荷」に注目し、ヒトの知覚機能や認知的機能、生理的・身体的機能、情報行動的機能と、そこで扱われる各種情報の特質を明らかにし、「心的負荷」をより軽減した支援技術の基礎を築くための手がかりを得ることにある。
 知覚機能としては、視聴触覚や筋感覚などがあり、代替手段として用いる残存感覚に対応するメディアや、障害などにより劣化した感覚に対するメディアに対して、知覚しやすい構造を明らかにする必要がある。また、認知機能としては、各メディアに乗っている言語情報や周辺言語情報、画像情報などを実時間で理解可能とする機能や条件を明らかにする必要がある。生理的・身体的機能としては、機器操作に必要な運動機能が問題となる。情報行動機能としては、機器を使う場合の思考の傾向や制約などが問題となる。
 身体機能の制約や加齢により何らかの機能に制約が生じた場合、残存機能で代替させる必要性が生じ、もともとの機能とは異なるために、そのヒトの持つ各「注意資源」の制約から「心的負荷」が増大する。
 ヒトの持つこれらの各種機能や各情報の持つ優れた機能に関する知識は、残念ながら未だ十分には明らかにされていない。「心的負荷」軽減させる支援機器の開発には、これらの未解明の機能や性質を明らかにし、それを活かすことが必要である。それらが明らかにされれば、機器の重荷ヒューマンインタフェース部では、知覚レベルや身体レベルでの機能にマッチした処理を行い、機器本体では主に認知レベルの機能を配慮した情報の処理が行われることになろう。

3.プロジェクトの構成とその活動

 17大学5機関2企業、からの42名の研究担当者と6名の評価者、および研究協力者により構成されている。重要な対象である知的障害関係は現時点では含まれていない。

・ 聴覚障害関係

 聴覚障害者の代表的コミュニケーション手段である手話に対象を絞り、多様な視点から研究を進めている。心理評価による手話動画伝送条件の明確化や、手話CG、手話機械自動認識、手話記述法の開発、手話DBの作成などである。これらでは、手話が音声と同じ揮発性の言語メディアであることに注目し、メディアとしての研究が先行している音声の研究アプローチを参考にするとともに、音声研究の最先端の結果も視点も取り入れ、研究を進めている。

・ 視覚障害関係

 言語情報を伝える点字や音声、指点字に関する研究と、点図や色、弱視など、情報を画像として捉える研究に取り組んでいる。前者は、全盲が視覚から情報を得ることができないため、聴覚や触覚による揮発性の情報であり、そのための「心的負荷」の増大や、それに伴う実時間コミュニケーションの場での「心的負荷」という課題が生じる。前者が時間的に動的に変化する情報であるのに対し、後者は静的な情報であり、知覚的にも認知的にも課題は異なるものと予測され、両側面から検討を進めている。また、視聴覚重複障害者のための指点字の分析や、その応用システムの開発も進めている。

・ 肢体不自由関係

 肢体不自由の場合、主にPCなどへの入力時の「心的負荷」の軽減が課題となる。ALSなど高度の肢体不自由者のボタン操作の「心的負荷」への影響解析のための基礎データとして、押す力の収集をおこなっている。また、1スイッチ入力のみ可能な障害者のために、操作回数が少なく、誤操作の可能性も少ないソフトキーボードのデザインも検討している。これらを統合し、肢体不自由のタイプや障害の程度に適合し、「心的負荷」のより小さい入力機器の選択が行えるマップの開発を組織的に開始している。さらに、残存筋の筋電を精度よく検出できる筋電計測技術を開発し、より「心的負荷」の少ない入力インタフェースの開発を進めている。

・ 高齢者関係

 他の研究グループが障害を静的に捕らえ、それへの対策としてのメディアや情報、身体的機能の性質を解明し支援技術開発の指針を得るアプローチを取っているのに対し、ここでは、加齢に伴う障害における「注意資源の縮小」に伴う「心的負荷」の増大などの現象を多角的に検討している。高齢者が使いやすい機器開発の基礎となる高齢者の認知に関する統合的知見の構築を目指している。

4.おわりに

 本領域は、障害者や高齢者の情報環境を改善するための機器開発支える基礎研究を目的としたコミュニティの実現を目指した試みであるが、そのカバーしている範囲は未だ狭い。音声や画像などのメディアを中心とした情報科学との連携はある程度実現しているが、特に知的障害関係は含まれておらず、また関係の深い脳科学や身体機能なお生理学、社会学など、重要な分野との連携が今後の大きな課題である。

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