このページでは、パソコンを便利な道具として使いこなしている中途失明の酒井正彦さん(埼玉県入間郡在住)の経験談を紹介することにより、パソコンが視覚障害者にどれほど便利かを紹介したいと思います。
聞き手は情報バリアフリー研究室2003年度卒業生 岡本泰明と指導教員 樋口宜男です。インタビューは2003年3月13日に酒井さんのご自宅にお邪魔して行われました。インタビューに快くご協力頂いた酒井さんと奥さんの幸子さんに心からお礼を申し上げます。
(下記の各項目をクリックすると、インタビューの該当する箇所に移動します。)
パソコンは魔法のメモ帳
墨字の葉書で泣かれました
テープを繰り返し聞いてやっと
目が見えなくなるまでの恐怖
酒井さんは情報通
声の出る時計
インタビューしての感想
酒井正彦さんの連絡先
写真1: パソコンの前に座る酒井さん
写真2: 2003年正月に頂いた酒井さんの年賀状
郵便番号の枠にとらわれず、宛先は横書きにすることをお勧めした。
裏面の文面は以下の通り。
謹賀新年
昨年中は色々お世話になりました。
本年も何卒よろしくお願いいたします。
滋賀県の冬も寒そうですね?
お蔭様でパソコンをメモ変わりに使った生活が変わりました!
平成15年 元旦
酒井さん:
教えて頂いている間、ずっとテープレコーダーを回させて頂いてましたが、あれがとても役に立ちましたよ。
樋口先生:
そうですね、点字でメモを取るのは、とても追いつかないですものね。
酒井さん:
はい。特に私は間に合いませんよ、理解が。樋口先生の話は全部取っているんです。これはすごく役に立ってます。
樋口先生:
そうですか、それはありがたいですね。
酒井さん:
ちょっと使わない機能は忘れちゃいますからね。思い返しながらテープを聞くんです。
岡本:
へぇー。
酒井さん:
教わっているときは半分舞い上がってますから。冷静な判断がね・・・。
樋口先生:
テープって何回も聞いていくと、10%、20%、30%、・・・って順々に分かっていく感じですね。
酒井さん:
そうですね。一度聞いたことのあるテープはどこが大事か分かりますから、早送りしながら聞くんです。
樋口先生:
テープに取っておく方法は私も勉強になりました。だから、他の人に教えるときもテープに取ってもらうようにしてます。
岡本:
確かにいいアイディアですね。
樋口先生:
そうしないと、毎回同じことを言わなきゃならなくなって時間もかかりますし、私のほうも肉体的にもしんどいですから。
酒井さん:
でも授業はテープに取ったらダメだね。
岡本:
なかなか(笑)。
樋口先生:
酒井さんは中途失明なんですよね。サラリーマンの経験もあって、エンジニア的感覚があったからパソコンに慣れるのは早かったですよね。
酒井さん:
いやいや、苦労しましたよ。次の木曜日が来るのが怖かったですから。
樋口先生:
そんなには厳しくしませんでしたよ(笑)
酒井さん:
いやいや、私が習いに行っているならチャランポランですけど、来てもらっているのに悪いですから。いいかっこしぃの私は何とか覚えてやろうと必死でしたよ。
岡本・奥さん: (笑)。
注)
磯村一路監督、大沢たかお、石田ゆり子主演で「解夏(げげ)」という映画が取材の翌年2004年に公開されました。ベイチェット病で視力を失う青年とその青年を支える婚約者の話です。2時間の上映時間中すすり泣きが絶えなかったこの話こそ酒井様の経験そのものでした。
樋口先生:
奥さんは先天盲でしたっけ?
奥さん:
小学校1・2年くらいまでは視力あったんですよ。
樋口先生:
じゃあ色は分かるんだ。
奥さん:
はい、記憶はあります。
樋口先生:
色が分かるだけでだいぶ違いますからね。酒井さんはいくつまで見えてたんでしたっけ?
酒井さん:
32までです。26歳のときに将来的に見えなくなるって言われました。
岡本:
その期間の準備はどんなことしてたんですか?マッサージの勉強とかですか?
酒井さん:
いや、マッサージとかの勉強は失明してからです。6年間は目のために何もするなって言われてたんですよ。
樋口先生:
それは、少しでも見える期間を延ばすようにですか?
酒井さん:
その6年間は本当に不安でしたね。
樋口先生:
ジェットコースターみたいなもので、落ちるまでがすごく怖いですよね。
岡本:
そうなんですか。
酒井さん:
今振り返るとその6年間があったから今があるんですよね。
岡本:
というのは?
酒井さん:
すごく冷静になれたんですね。あのとき程の精神状態に落ち込むことはもうないでしょうから。肉体的にも精神的にもそのときが一番つらいですから。
樋口先生:
気を取り直して元気になること、準備をすることで、その期間は重要ですね。寝れない日もあったでしょ?
酒井さん:
夜が怖かったですね。一時的にはノイローゼみたいにもなりましたから。
樋口先生:
岡本君には分からないでしょ?野球やってたし夜はバタンキュウでしょ?
岡本:
自分も最後の大会前にケガしたことがありますけど、違いますね。
酒井さん:
出口のないトンネルに入った感じですね。光がないっていうのは希望が持てませんから。
樋口先生:
今はどうですか?若い奥さんもらって出口っていうか、光が見えてきたんじゃないですか?
岡本・奥さん・酒井さん: (笑)。
写真3: 酒井さんと奥さんの幸子さん
岡本:
酒井さんって情報通ですよね。すごくいろんなことに詳しいですね。
樋口先生:
ラジオをしょっちゅう聞いてるんですよね。他の仕事だとなかなかそうはいかないけど、酒井さんはマッサージの治療中にラジオを聞けるんでうらやましいですよ。
酒井さん:
そうそうラジオの聞き方はうちのとはぜんぜん違うんですよ。うちのはただ聞いてるだけでいいんですよ。「今なんて言った?」って聞いたら「分からない」って返ってくるんです。
岡本:
自分も寝る時とかテレビつけて寝ますし、奥さんの気持ち分かりますけどね。
樋口先生:
一人暮らしのときはラジオとかテレビつけっ放しでしたでしょ?
酒井さん:
そうそう、昔の名残もあって音がないと怖いんですよ。見えないですから。新聞が読めないですから、今の情報を聞き漏らすと一生聞けないのかなぁっていう不安があるんですね。
樋口先生:
点字毎日(注: 毎日新聞社から発行されている点字新聞)は取られていないんですか?
酒井さん:
一週間に一回ですからねぇ。
樋口先生:
インターネットのニュースもあるじゃないですか、あれはお読みになりませんか?
酒井さん:
あぁ、たまには見てます。
樋口先生:
どうです?ラジオに比べて情報量は?
酒井さん:
インターネットは漢字を考えないと駄目ですからね。
岡本:
どういうことですか?
樋口先生:
ホームページを読んでくれるときに「人気(にんき)のない部屋」と「人気(ひとけ)のない部屋」とか「する方(ほう)が良い」と「する方(かた)が良い」とかをどうしても読み分けができないことがあるから。他にも色々ありますしね。
酒井さん:
そうそう、話は変わりますけど盲導馬ってでてきたんですよ。
岡本:
そうですね。ニュースでやってましたね。
樋口先生:
えぇー!知らないなぁ。大き過ぎないんですか?
岡本:
ポニーよりも少し小さいくらいらしいですよ。
酒井さん:
そうなんですね。テレビで話を聞いて、インターネットでも見てみようと思ったんです。それまでだったら、あぁ盲導馬か、で終わってたと思うんですけどね。
樋口先生:
そういう意味で積極的に情報を得る方法ができたってことですね?パソコンを習って良かったっていう点があってこちらも良かったですよ。
樋口先生:
お寿司まで出して頂いて申し訳ありません。岡本君、遠慮なくご馳走になろうか?
酒井さん:
すいませんけど、醤油を入れてもらえますか?
奥さん:
醤油どこに置きましたっけ?
樋口先生:
ありましたよ。ポットの横です。目が見えなくて一番つらいのは、物をどこに置いたか忘れたときなんですよね。あれ〜、この醤油さし、変わってますね。
酒井さん:
それは普通の醤油さしと違って、上を押さないと出ないんです。
岡本:
間違って倒してもこぼれないようになっているんですね。
樋口先生:
これは賢いですね。
樋口先生:
酒井さんとは付き合い長いけど、醤油さしの件は初めて知ったなぁ。この前もマッサージしてもらってる滋賀の全盲のおばさんと話したんだけど、包丁を使って料理しているときは電話がかかってきても、いつもの場所に置いてからじゃないと電話に出ないって言ってましたからね。
岡本:
確かに危ないですもんね。
酒井さん:
他にもこの時計も便利ですよ。
樋口先生:
どんな時計なんですか?
酒井さん:
こうやって頭を押すとしゃべるんです。
時計:
12時31分です。
酒井さん:
これは盲人用ではないんですけど、なかなか便利なんですよ。ビッグカメラで買ったんですよ。
岡本:
いくらくらいするんですか?
酒井さん:
3000円くらいかなぁ。
樋口先生:
アラームもついてて便利ですねぇ。
酒井さん:
視覚障害者はこういったものが好きなんです。そしてすぐ周りに教えるんですよ。
奥さん:
お待たせしました。
酒井さん:
どうぞ召し上がってください。
奥さん:
デザートのゼリーなんですけど、いかがですか?
岡本・樋口先生:
すいませんねぇ。
奥さん:
ビワとブドウのゼリーだと思うんですけど。
買い物してきたときに、しばらく使わないものには点字シールを貼ったりします。覚えられるなぁって思うものは、ブドウの方にテープを貼ってくださいって言って、こういうふうにするんです。
樋口先生:
あぁ、ただ貼っても分からないから、端を立てて区別がつくようにしてるんですね。
岡本:
醤油さしと同じで工夫しているんですね。今日はホントにありがとうございました。パソコンのことだけじゃなくて、いろんなことに工夫してるんで、すごく驚きました。どうもありがとうございました。
今回のインタビューはパソコン、ADSLのトラブルなどで普段使って様子を見る時間が少なかったが、メールやインターネットだけでなく目の見えない人にとってのパソコンの有用性を学べました。仕事をする中で文章などの記録を取っておくことは重要なことで、メモ帳の機能、テープの機能を使った工夫は私自身も勉強になりました。
それだけでなく、今回は一緒に食事もいただき、私生活での目の見えない人のさまざまな工夫を知ることができました。これから生きていく中で私の生活観の視野が広がっていくものだと思います。
インタビュー中にもありましたが、目の見えなくなるまでの時期は本当につらい時期だってことを教えてもらいましたが、奥さんと幸せそうな姿は、障害を感じさせないものでありました。
写真4: 樋口先生と酒井さんと岡本
この写真はやはり全盲の奥さん幸子さんが撮ってくれたものです。
デジカメだとその場で画像が確認できるので大変便利です。
酒井正彦さんのメールアドレスはmasa1@cream.plala.or.jpです。ここで紹介した内容に興味をお持ち頂いた方や酒井さんとお話してみたい方は直接連絡をとってみて下さい。