情報工学、すなわち情報処理・伝達技術とバリアフリーな生活の間には以下のような6つの関わり方があると考えています。
図.情報工学とバリアフリーの6種類の関わり方
注: 図中の項目名をクリックすると、図の下にある該当の説明文のところに移動できます。
ここで「比較的低次のメディア変換」と言っているのは、ここで扱う対象が既に電子的な情報であり、次の「高次のメディア変換」のようにアナログ情報をディジタル情報に変換する必要がないからです。メディア変換技術によって電子的な情報の表現形式を変えることで主に視覚や知能に障害がある人の役に立てることができます。
比較的低次のメディア変換技術として、音声合成や点字ディスプレイは視覚障害者がコンピュータを使う上で必須の技術であり、広く使われています。この他に、点字プリンタや触覚ディスプレイなどもありますが、これらの機器は現段階ではまだかなり高額なため、広く普及するには至っていません。
音声合成のように完成されたと思われている技術でも、実際に視覚障害者が利用すると数々の障壁に行き当たります。例えば、大手コンピュータ会社が開発した音声読み上げ機能付きブラウザでも目に余る欠陥があります。同ブラウザでホームページのキーワード検索用に入力した漢字を確認する際、「てんじょうのせい」と読まれる漢字があります。実はこれは「井」のことで、開発者が「天井の井」と指定したものが音声合成ソフトの読み自動付与の結果、「てんじょうのせい」と読まれているものと推測されます。
(1) 通常漢字の用例としては対象となる漢字が熟語の先頭にくるものを用いるのが望ましいのにそれをしていない点、
および
(2) 音声合成ソフトの処理の結果どう発音されるかを確認していない点
から、これは極めて初歩的ミスと言わざるを得ませんが、同社はコンピュータ業界でもアクセシビリティ対策に積極的に取り組んでくれている企業なので、他社が開発すればもっとひどい問題が生ずるのかも知れません。
点字プリンタや触覚ディスプレイの低価格化も視覚障害者には極めて大きな意味を持っています。例えば視覚障害者が地図を見ようとする場合、位置関係を凹凸で表した「触地図」が必要になりますが、点字プリンタが高価なため、「触地図」があるところは極めて限られています。一般の視覚障害者の家庭にも世界地図や都道府県・市町村あるいは町内の地図が簡単に「触地図」で配布できるようになれば視覚障害者にとって知識の幅が格段に広がるものと考えられます。
コンピュータを使って音声認識や手話認識ができたら、どれほど便利だろうと思う人も多いと思います。これはアナログ的な視覚や聴覚の情報を他の表現形式に変換するので、ある意味で「感覚代行」と言っても良いと思います。
音声認識は現在かなり一般化してきており、音声入力ワープロは1万円以下で購入することができます。ただ、現在の音声入力は口元のマイクロフォンから行われており、話す人が遠くにいたり、回りに雑音があったりした場合、必ずしも十分な性能が得られません。また、音声入力ワープロは「書き言葉」を中心にしているために、砕けた表現が多い「話し言葉」をすべて正確に認識することはできません。現在マイクロフォンから離れた人の声を認識するためにいろいろな研究が行われていますが、問題が解決されるまでにはまだしばらく時間がかかりそうです。
一方、手話認識の研究も行われていますが、「ろう者の手話」についてはまだ文法的に十分な解析すら行われていないのが実情です。ろう者の手話については現在国立身体障害者リハビリテーションセンターでデータベース化が進められており、今後文法解析に利用されていくものと期待されます。
図にも書いてありますが、高齢者の多くは軽度の視覚・聴覚・肢体障害者です。言い換えると、現在第一線で活躍している若い人もいずれはほとんど全ての人がこの問題に直面します。現象として、小さな文字を読んだり、信号音を聞き分けたりするのが難しくなることは容易に想像できると思いますが、クリックとダブルクリックを使い分けたり、ドラッグしたりすることが困難になるケースがかなり多く、これにどう対処していくかをシステム設計者が予め考えておいて、システムを設計することが必要となります。市販のパソコンでもクリックのタイミングを利用者の好みに合わせて調節できる機能が付いていることはご存知の方も多いと思います。
コンピュータ利用者でもあまり知らないかも知れませんが、既に市販のコンピュータに実装されている技術からいくつかの機能を紹介します。多くの市販のパソコンには出荷時に「拡大鏡」機能が実装されています。これはマウスカーソルの近傍をディスプレイ上端に拡大して表示するものですが、さらにコントラストを強調する機能も付いています。コントラストの強弱は文字の読みやすさに大きく影響しています。話は若干逸れますが、最近NTTドコモから提供されている「らくらくホンU(正確にはF671i)」は文字の大きさが大きくなっているだけでなく、背景色を完全な白にしてコントラストを確保しており、これが文字の読みやすさに大きく貢献しています。
同様に、市販のコンピュータに実装されている機能ですが、マウスを使わずキー操作でいろいろなことができることも知っておくと便利です。これは、世話人が視覚障害者と一緒にインターネットのホームページを読んだり、文書を作成したりしている中で覚えたことですが、普段マウスが使える人でも、人前で講演しているときのように、マウスが使いにくい環境になると、キー操作のありがたさが良く分かります。講演の場合、最近ではパワーポイント(正確には、Microsoft
Power Point)を使うことが多いと思いますが、表示したい内容を画面いっぱいに表示する「スライドショー」に切り替えるため、やりにくそうにマウスでプルダウンメニューを開いたり、スライドショーのアイコンをクリックしたりするのを良く見かけます。しかし、スライドショーへの切替は「Alt+V、W」で可能ですし、スライドショーの終了は「右クリック、S」で可能です。また、ウィンドウを閉じるときもいちいち右上端のXマークをクリックするより、「Alt+F4」を入力した方が速いのは確かです。
以上、普通の人でもアクセシビリティ対策でいろいろな恩恵に浴すことができることを述べましたが、重度の障害者用にはこれ以外にいろいろな工夫が必要で、ボタン一つで任意の文字を入力するシステムや、身の回りにあるテレビ、電話、ベッドなどを制御するための機器が開発されています。
また最近コンピュータ業界で注目されているものとして、アメリカのリハビリテーション法508条注)対策があります。これはアメリカ政府の支援を受けている全ての機関で新たにコンピュータを購入する場合、その職場に障害者がいるいないにかかわらず、必ずアクセシビリティ対策を施した機種を選択しなければならないというものです。アメリカでは既に一定以上の大きさのテレビ全てに、クローズドキャプション(説明用字幕)を表示する機能を備えなければならないことが法制化されており、これに続く措置と言えます。クローズドキャプション表示機能については、当初聴覚障害者用として設計されましたが、非英語話者や高齢者を中心に予想以上の利用者の伸びを見せています。上記のキー操作のことと同様、選択肢が多いことは一般利用者にとっても便利なことのはずです。
(注: 同条項については(株)ユーディットがお作りになられたページが大変参考になりますので、是非そちらをご参照下さい。)
電波や赤外線を使って視覚障害者に現在位置や目標物の方向を知らせる「道案内システム」が各地でいろいろな形で利用され始めています。これらの道案内システムの中には、比較的弱い電波を出している発信機のそばに行くと受信機から音声ガイダンスが聞こえてくる指向性のないシステムと、赤外線を発信している送信機に受信機を向けると音声ガイドが聞こえる指向性のあるシステムがあります。前者は指向性がないため、どちらに目標物があるかを正確に示すことはできませんが、受信機を持っていれば自動的に音声ガイダンスが聞こえてきます。これに対して、後者は指向性があるため、自分で受信機を発信機に向けなければ音声ガイダンスが聞こえてきませんが、目標物の方向が正確に分かるので、トイレの入り口などを正確に示すことができます。また、トイレの中では発信機に対して何度の方向に何があるか(例えば「9時の方向に洗面台があります。」など)のように具体的な方向を示すことができます。
「道案内システム」には現場で案内するシステム以外に、出かける前にどの駅でどう乗り換えれば目的の駅までエレベーターやエスカレーターをうまく使ってスムーズに到着できるかを案内するシステムもあります。高齢者や下肢障害者の場合、階段の昇り降りができなかったり、エスカレーターが使えなかったりと、普通の人には想像できにくい移動の障害が数多くあります。このため、同一ホームでの乗り換えやエレベーター設置駅での乗り換えを優先的に案内する情報システムが必要になります。このような観点から本研究会の世話人樋口は「高齢者・障害者用鉄道最適経路案内システム」を試作しました。世話人が開発したシステムは試作システムで現在一般の人が利用することはできませんが、交通エコロジー・モビリティ財団がインターネット上で提供している「らくらくおでかけネット」は概念的に上記のシステムに極めて近いもので、かつ全国規模で情報収集をされていて、皆様が直接お使いになれますので、是非一度お試し下さい。
上記システムは単に最適乗換駅を案内するだけでしたが、駅構内での移動経路を具体的に示したり、さらにはヴァーチャルリアリティを使って、どういう目印のところでどちらに曲がれば良いかなども、臨場感のある画像で案内することも近い将来可能になるものと思います。
(5) 福祉用具カタログ「こころウェブ」など電子医学書・カタログ
電子商取引が注目されていますが、少量多品種の最たる例であり、しかも利用者の多くが移動が困難である福祉用具は、電子商取引に最も適した商品だと考えられます。この点に着目して福祉用具の情報をインターネット上でまとめたものが「こころWeb」です。こころWebは1995年当時、IBMのSNSセンター(注:本当は「スペシャルニーズシステムセンター」の略号ですが、同時の責任者であった関根千佳様(現、(株)ユーディット代表取締役社長)は「障害者なんでも相談センター」の略号だと言われていると笑っておっしゃられたのが印象的です。)が開設したものですが、現在はJEIDA(社)電子情報技術産業協会が管理しています。こころWebには生活全般にわたっていろいろな福祉用具の情報が載っていますので、是非一度覗いてみて下さい。
福祉用具を「商品」という観点から見た場合、「商品紹介」と並んで重要なのが「利用者意見のフィードバック」です。本研究会の世話人樋口の体験談から言うと、福祉用具は利用者からのフィードバックがほとんどないため、利用者のニーズからかけ離れた製品が平気で売られています。
世話人樋口は「エルボークラッチ」(注:肘をU字型支えで支え、ハンドルを手で握るタイプの杖)を使っていますが、エルボークラッチにも数々の問題点があります。現在、ISOで国際規格を作ろうとしていますが、その中で「道具なしで長さ調節が行えること」が明記されようとしています。世話人樋口は現在日本健康福祉用具工業会のエルボークラッチ国際規格適正化委員会の委員をしており、そこで反対意見を言っていますが、杖の長さ調節機能は長期間使い続けた場合、「ガタ」の原因となり、時間が経つにつれて、歩くたびにカチカチ音がする原因となります。成長期の子供以外の成人にとっては、長さ調節は購入時に一度だけすれば良いことで、以後全く不要な機能です。道具なしで長さ調節が可能な杖を日常的に使うことは「仮縫いの糸を付けたままで服を着ろ」と言われているのと全く同じです。
同様に患者の数が少ない病気や、比較的最近明らかになった病気についての情報はなかなか患者の手元に届いてきません。このような場合にも病気に関する最新の知識を患者の手元にいち早く届けることが可能になります。
(6) 電子健康手帳、電子身体障害者手帳、ICカード挿入型シルバーシートなどの優先サービス支援・健康管理ツール
以上の5項目はいずれも現在何らかの形で技術が検討されているものですが、この項は先端技術の福祉への応用を新たに提案するものです。
その1つは「電子健康手帳」あるいは「電子身体障害者手帳」という考え方です。普通の人でも「自分の健康に関するデータが1枚のカードに記憶されていて、初めての病院に行ってもすぐに行き付けの病院のように自分のことが分かったらどんなに便利だろう。」と思ったことはないでしょうか?原則的にカルテは病院に帰属するため、転居等で新しい病院にかかるときにはX線写真など全てのデータが取り直しになります。また、本人でも過去の病歴の記憶があいまいになってしまっていますし、突然旅先で倒れたような場合には病歴の説明すらできません。さらに、複数の病気で複数の科や病院にかかっている場合も多いと思いますが、薬の複合投与は思わぬ事故を招きますから、病歴、投薬歴を一元的に管理することには大きなメリットがあります。
以上のような理由から国民全てに「電子健康手帳」あるいは「健康記録カード」といったICカードを配布し、障害者はそれに障害のデータも記憶させて「電子身体障害者手帳」にしたら良いと思います。
現在一方でITS(高度交通システム)におけるETC(自動料金収受)システムのように、車を止めなくても料金支払いができるというのに、障害者用の駐車場には現在でも赤いコーン(円錐状の障害物)などが置かれ、使用時には障害者がそのコーンを動かさなければ駐車場が利用できないという矛盾が起こっています。上記の「電子身体障害者手帳」をかざせば、バーが自動的に開き、駐車場が使えるようにすることは技術的に十分可能なはずです。
また、「電子身体障害者手帳」は電車の「優先席」など、いろいろなところで利用可能です。「電子身体障害者手帳」を差し込まないと優先席の椅子が下りてこないようにすれば、対象者とそれ以外がすぐに分かります。内臓疾患などの理由で優先席を利用する場合、見かけ上、普通の人と見分けが付かないため、これらの人が優先席を利用していても一般の人から白い目で見られ、肩身の狭い思いをしています。しかし、「電子身体障害者手帳」があれば誰にはばかることもなく、優先席を利用することができます。
また、下肢障害者には有料道路の割引券が配られていて、この割引券の不正使用(不正譲渡による他人使用)が問題になっています。「電子身体障害者手帳」を直接料金所で提示するようにすれば、割引券の不正使用も一挙になくなります。
ここでは「電子身体障害者手帳」を例に示しましたが、同様に先端技術で福祉に応用できるものは数多くあると思います。これまで機械工学が中心であった2次産業的な福祉工学の分野にIT技術を使った3次産業的な新しい領域を開拓していかなければいけないのではないでしょうか?
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