2011年度卒業研究

視線検出型生活環境制御装置の試作

情報バリアフリー研究室 中西 咲





研究の概要


 近年,進行性筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側策硬化症)のような著しく運動機能を制限された人たちのQOL(生活の質)向上のため,残存機能を活用して身の回りの生活家電製品を操作できるようにする環境制御装置の研究が進められている.しかし環境制御装置は高価なものが多く,障害者全体の約7%ほどの普及率しかない.また首から上が動かない寝たきりのユーザでも使える環境制御装置はあまり普及していない.
 本研究では,肢体不自由者の中でも寝たきりの状態で,首から上が動かない重度の障害を抱えたユーザを対象とする装置の試作を行なった.そのようなユーザが使用可能で身体への負担も少ない,横方向のみの眼球運動で視線の検出を用い,システムを操作できる入力方法を用いた.このシステムはUSBカメラとなんでもIRという学習リモコンという安価で手に入りやすい機器を利用し,制御するにも手間をかける必要がない.操作可能な家電製品は「テレビ」「ミュージックプレイヤ」「レコーダ」「照明」「エアコン」の5つである.試作したシステムで被験者の協力のもと実験を行なった結果,全員が正常に操作することができ,眼球の左右の動きやクリック動作のためのまばたきも正確に検出することができた.


研究の背景と目的


 障害者が日常生活を送る上で直面する問題として,
  • 手や足の筋肉が萎縮して四肢の運動機能に障害が生じる
  • 呼吸筋の麻痺も発症し,発声・発語が困難になる
などがある.それによりと手話や筆談などで自己の意思を相手に伝達することができず,患者自身がストレスを抱える原因へとつながる.また介護する側にとっても患者の意思を理解するまでに時間がかかり負担が増えることにつながる.
 このような現状の中,重度肢体不自由者のために開発された環境制御装置と呼ばれるシステムがいくつか世に存在する.それらはスイッチ操作で選択することができ,多数個の選択肢から任意のものを選ぶ走査選択方式が一般的に挙げられる.しかしそれでは,操作したい選択肢がまわってくるまでに時間がかかってしまい効率的ではない.
 そこで本研究では残存機能が眼球運動だけになってしまうような重度の肢体不自由者のQOL(生活の質)の向上を目指し,横方向のみの視線を検出してアプリケーションの入力を行い,身の回りの生活家電機器を制御できるようにすることを目的とした.



試作したシステムについて


(1) 使用する機器

 本システムに使用する機器は, webカメラ・モニタアーム・なんでもIRの3つである.この3つを図のように設置する.
        
webカメラ            モニタアーム             なんでもIR


システムの利用風景


(2) システムの構成

本システムは 画像処理部コマンド選択部ハードウェア部 の3つから構成されている.


画像処理部

@ USBカメラを設置
A ボタン@を押してシステムを開始
B 片目領域の二値化
C ボタンAを押して黒目の検索を開始
アプリケーション画面          


黒目中心探索のアルゴリズム


コマンド選択部





ハードウェア部


 なんでもIRアシスタントに,家電用のリモコンから赤外線信号を学習させる.そしてそれぞれのボタンにショートカットキーを登録して,1台のパソコンで複数の家電機器を制御することができるようにする.
 右の図は,左上から順に「レコーダ」「照明」「テレビ」「エアコン」「ミュージックプレイヤ」を登録させたものである.

なんでもIRアシスタント起動画面         



評価実験


今回は3人の被験者に協力してもらい,ツールを使った感想(利点と欠点)を述べてもらった.

【利点】
  • マウスポインタの動き,まばたきの動作の感動が良い
  • 眼球しか使っていないので,便利で体への負担がほとんどない
  • ボタンの配置が良い
  • 3秒待つことで「決定」となる判定方法が良い

【欠点】
  • 時間制限が焦りにつながる
  • 無意識にマウスポインタを動かしてしまって誤作動がたまにおきる
  • USBカメラのセッティングに時間がかかる
  • 照明の当たり方次第で目に光が反射して,黒目がとれないことがある


【考察】
 被験者全員にシステムを正常に操作してもらうことができ,眼球の左右の動きやクリック動作のためのまばたきも正確に検出することができた.人によって黒目を検出することができないこともあるかと危惧していたが,全員の黒目を検出することができた.しかし視線とマウスポインタの連動の感度が良すぎて,無意識に少しでも視線が動くとマウスポインタも動かしてしまっていたというところが欠点の要素に繋がった.したがって,機器の選択や操作の選択をしている間はマウスポインタを動かさないように制御することや,機器選択ボタン上に順に選択肢が表示されるようにすればその問題は解決されるのではないだろうかと考える.


まとめ


 本システムは,進行性筋ジストロフィーやALSのような著しく運動機能を制限された,肢体不自由者の中でも重度の障害を抱えるユーザを対象に試作を行なった.ユーザは首から上が動かせず,眼球しか動かすことができないので,生活する中でストレスが溜まってしまうという問題がある.その問題を解決し,肢体不自由者のQOL(生活の質)の向上につながることを目指して,今回このシステムの試作に取り組んだ.眼球運動のみを使う入力方法を実装し,安価で手に入れやすいものを使用した.
 従来あった生活環境制御装置は手や脚,呼吸を使ったスイッチを入力方法としていたが,本システムは眼球運動のみを利用するので,ユーザの身体への負担を最低限に止めることができ,また寝たきりの重度肢体不自由者でも利用してもらえるようになった.
 


リンク