2011年度卒業研究
ヘッド・マウンティッド・ポインティング・デバイスの試作
萩原 千尋


1.研究の概要

 本研究は,交通事故や運動中のケガが原因で頚髄を損傷し,首から下が全く動かなくなってしまった重度肢体不自由者を対象とし,頭の動きと瞬きのみで文字入力や簡単なインターネット検索が行えることを目的としている.任天堂から発売されている家庭用ゲーム機WiiのWiiリモコンに内蔵されている3軸加速度センサと,有限会社アシストシステムから発売されている瞬きセンサを用いて,文字入力と簡単なインターネット検索が行えるアプリケーションの試作を行った.  このアプリケーションはBluetoothによりPCとWiiリモコンを接続し,マウスポインタの動きを制御し,瞬きセンサでクリック動作を行い,簡単なインターネット検索が行えるものである.寝たきりの状態で頭を上下左右に動かし,ある角度よりも傾いている間,マウスポインタは動き続け,また右目で瞬きをすることによりクリック,ダブルクリックをすることができる.また,クリックモードを切り替えることにより,右クリックの動作も行うことができる.寝たきりの状態で人によっては頭を動かす角度に個人差があるが,それぞれの人に合った角度で制御することができる. 評価実験では,健常者3名に寝たきりの状態で行った.その結果,スクリーンキーボードで文字入力などの細かい作業は難しくストレスを感じるが,大きな動きは精度も高く,対象となる重度肢体不自由者にも役立つツールであることがわかった.

2.研究の背景

 今回の研究の対象者となる頚髄損傷者は,事故などで後天的に障害を負った人が多く,障害を負うまでは健常者と同じように生活していてある日突然当たり前にできていた,新聞を読む,文字を書くなどの作業ができなくなりストレスを抱えるといった現状がある.そこで,パソコンひとつ使うことができればこれらの多くを補うことが可能になる.また,実際に肢体不自由の約16%の人がパソコンを毎日利用する,たまに利用すると応えている. キーボード操作やマウス操作ができない肢体不自由者がパソコンへの入力を行う手段として,現在多くの技術が存在している.しかし,これらの技術の多くが手足や体が少しは動かせる人対象の機器であり,首から上の少しの動きだけでパソコンが簡単に利用できるといった重度肢体不自由者向けのものが少ないのが現状である.そこで,重度肢体不自由者が簡単にパソコンを利用できるアプリケーションが有用であると考えた.

3.使用機器

 本ツールでは,マウスポインタの動きを制御する機器として以下の3つを使用している.
(1) Wiiリモコン
 任天堂から販売されている家庭用ゲーム機「Wii」で使用可能なゲームコントローラで「十字ボタン」や「Aボタン」など9つのボタンと赤外線受信部,スピーカ,振動機能があり,3軸加速度センサが搭載されており傾きや動きが検知可能である.それに加えBluetoothを搭載しており,PCとの接続も可能である.

(2) WiiリモコンとPCを接続するBluetooth
 Bluetoothはサンワサプライ社のものを使用した.

(3) クリック動作を制御する機器として瞬きセンサ
 瞬きセンサは(有)アシストシステムから発売されている意思伝達装置用の赤外光センサである.メガネにセンサヘッドが付いているため,ユーザがメガネをかけて,瞬きによりスイッチを入力するというシステムになっている.





4.試作したツールについて

ツールの外観

 本ツールは,Wiiリモコンと瞬きセンサを使用して,頭の動きと瞬きのみで文字入力や簡単なインターネット検索が行えるヘッド・マウンティッド・ポインティング・デバイスである.重度肢体不自由者を対象としているので,実際にはベッドで寝たきりの状態で写真のように使う.まず,頭部にWiiリモコンを装着する.このとき,Wiiリモコンをベルトで固定し,さらに十字になるように頭部周りにベルトを固定することで,寝たきりの状態でもWiiリモコンがずれ落ちることなく安定する.マジックテープを使用し,長さも調節できる.さらに,瞬きセンサを装着する.


ツールの機能
<キャリブレーション機能>
 このツールは,重度肢体不自由者の頭部にWiiリモコンを装着し動かすため,人によって動く角度の限界が異なってくる.また,一人のユーザでもWiiリモコンを装着し直すたびに初期位置が異なってくる.そのたびに角度を設定し直していてはアプリケーションとして成り立たない.そこで,ユーザに合った角度を最初に設定した.実際の実行画面は写真のようになる.まず,スタートボタンを押す前に,初期位置と上下左右の限界角度ボタンを押し,角度を記憶させる.次に計算ボタンを押し,上下左右の制御する角度を計算する.最後に,スタートボタンを押し,Wiiリモコンを制御し,マウスポインタを移動させる.

<クリック機能>
 瞬きセンサの本来の機能は左シングルクリック,ダブルクリックの二つの機能のみが付いている.しかし,本ツールはインターネット検索を目的のひとつとしているので,これだけの機能では不十分である.そこで,右クリック,ドラッグの機能を追加した.クリックの機能として「左クリック」「ダブルクリック」「右クリック」「ドラッグ」の4つの機能がある.まず,瞬きセンサを起動し,通常通り瞬きを行うと,左クリックが行われる.また,二回連続で瞬きをすれば,ダブルクリックが行われる.写真の実行画面の,マウス操作ウインドウの右クリックボタン上にカーソルがあるときに瞬きをすると,次の1回の瞬きのみ右クリックの動作が行われる.その次の瞬きは左クリックの動作に戻る.また,ドラッグボタン上にカーソルがあるときに瞬きをすると,次の瞬きでドラッグ開始の動作が行われ,マウスポインタを移動させ,次の瞬きでドラッグ終了の動作が行われる.右クリック機能もドラッグ機能もインターネット検索を行う上で,頻繁に使用する機能ではないため,実行画面の右クリックボタン上にカーソルがあるときに瞬きをすると,1回だけ右クリックの動作が行われ,次の瞬きでは左クリックに戻るという構成になっている.



4.結論

本研究では,頚髄損傷などの寝たきりの状態で首から下が全く動かず,頭と顔のみの動きしかできない人に有用なヘッド・マウンティッド・ポインティング・デバイスの試作を目的として,家庭用ゲーム機のWiiのWiiリモコンと瞬きセンサを利用し,頭の動きと瞬きだけで文字入力,インターネット検索が行えるアプリケーションの試作を行った.頭の動きでマウスポインタを操作するという細かい動きを必要とするものであったため,文字入力は厳しいと思われたが,模擬障害者による実験では,マウスポインタの移動,文字入力,クリック動作が行える有用なアプリケーションであることがわかった. しかし,まだまだ改良の余地がある.たとえば,文字入力を行う際にユーザが神経を集中しすぎてストレスがたまりやすいといった大きな欠点もある.また,上下の動きと左右の動きの差が大きすぎて使いにくいといった感想も出ている.そのため,マウスポインタのスピードを調整したり,瞬きセンサとWiiリモコンの固定位置をユーザひとりひとりに合った位置に合わせることができれば,よりよいアプリケーションになったであろう. 本研究を通して,Wiiリモコンと瞬きセンサの有用性は非常に高いものであることがわかった.今回使用したWiiリモコンの加速度センサの機能を活かして,他のデバイスなどと組み合わせれば,より良いデバイスが製作できるものと考えられる.

6.リンク

立命館大学
情報バリアフリー研究室