2008年度 卒業論文 川隅俊明

肢体不自由者のためのオセロゲームの試作

◆ 研究の背景・概要

 我が国の肢体不自由者の人口は、厚生労働省より176万人(平成18年)いるとされており、肢体不自由者が張りのある生活を送る方法の1つとして、コンピュータを生活に取り入れることが挙げられる。現在では、キーボード操作やマウス操作ができない重度肢体不自由者が、パソコンへの入力を行う手段として、パソコンの画面上にオンスクリーンキーボードを表示させ、オンスクリーンキーボード上でのカーソルオートスキャンと1スイッチ入力操作を組み合わせて入力を行う方法が、多く用いられている。この方式の入力インタフェースの登場により、運動機能が著しく制限された重度肢体不自由者にもパソコン利用が可能になり、まばたきしかできないALSのような人にとって、従来に比べ格段に幅広いコミュニケーションの可能性が開かれた。
 こういった現状の中で、本研究では、社会的に認知度の高い「オセロ」というゲームを肢体不自由者が行うことによって、寝たきりの状態でもオセロなら誰にも負けないといったような生きがいを与えることを目的とし、重度肢体不自由者の人でも行えるような1スイッチ入力でのオセロゲームを試作した。



◆ スキャン法について

 重度運動障害を持つ場合、コンピュータを操作する際、キーボードやマウスの操作が困難になる場合がある。この場合、1つないし複数のスイッチやセンサを作動することができれば、コンピュータを操作することができる。その方法として、スイッチの押し方で長短等の信号を複数組み合わせることによって、新たな信号を作り出す方法である「符号化法」と、走査法(スキャン法)が挙げられる。また、現在では音声を使ってコンピュータを操作する技術も確立されつつある。
 本実験では、様々な障害に合わせ、簡単に操作することができる1スイッチ入力でのスキャン法を用いた。しかし、スキャン法といっても、スキャン法にはスキャンの仕方によってさまざまな方法がある。本実験では、段階的空間分割法を用いた。
 「段階的空間分割法」とは、8×8の盤面を4×4の赤枠で大分割→選択した4×4の盤面を2×2の赤枠で中分割→選択した2×2の盤面を1×1の赤枠で小分割するといったように、34分割していき1×1の盤面にして石を置く方法である。また、本実験では、4分割している赤枠が徐々に一定のスピードで動いていく方向は、左上から時計回りとしている。詳しくは図を用いて以下に述べる。
 1のように、石の置ける置けないを別とし、8×8の盤面を4分割し赤枠でスキャンしていく。スイッチを押すと、図2のように赤枠で選択した4×4の盤面をさらに4分割して赤枠でスキャンする。もう1回スイッチを押すと、図3のように選択した2×2の盤面をまた4分割して赤枠でスキャンする。その際、盤面上にある赤枠が1×1で囲まれた場所で、スイッチを押すとその場所に駒が置ける。石が置けない場所では、何も動作しないこととする。




              図1:段階的空間分割法(8×84分割)






              図2:段階的空間分割法(4×44分割)






              図3:段階的空間分割法(2×24分割)



◆ 試作したゲーム(概要)

 オセロは2人用のボードゲームである。プレイヤは互いに8×8の盤面へ石を打ち、相手の石を挟んで自分の色の石に返す。最終的に石の多い側が勝者となる。
 このルールを踏まえ、本実験ではオセロゲームを作る際、大きくみて以下のような機能を実装した。
 ・石を打つ機能。
 ・石を打つ際に石を置くことができるかどうかを判定する機能。
 ・石を打った際に石の色を返す機能。
 ・ゲームが終了したかどうかを判定する機能。
 ・ゲームの勝ち負けを判定する機能。
 また、石を打つ機能では、マウスによる入力、重度肢体不自由者のためのスイッチといったように、対応した入力方法の選択ができるよう2種類の入力方法を用意した。



◆ 試作したゲーム(操作方法・実行画面)

 試作したオセロゲームを起動をすると、図4の状態になる。この状態で、まず黒の石の入力方法をマウスかスイッチで行うかを選択する。マウスで入力する場合、マウスの左クリックを1回押し、スイッチで入力する場合、スイッチを1回押す。次に、白の石の入力方法の選択が行われるので、黒の石の入力方法の選択と同様に、マウス入力かスイッチ入力か選ぶ。
 マウスで入力する際、石を置きたい場所にカーソルを持っていき、左クリックを押すことで、石を置くことができる。また、マウス入力を選んだ際、スイッチを押しても何も動作しない仕様になっている。
 スイッチで入力する際は、赤枠が左上から順に盤を4等分して時計回りに動くので、石を置きたい場所の座標が赤枠に含まれている際に、スイッチを押す。スイッチを押すことによって、選択した赤枠の座標の中で、また新たに4分割が行われ赤枠が時計回りに動くので、また先程と同様に石を置きたい場所の座標が赤枠に含まれている際に、スイッチを押す。そうすると、また選択した赤枠の座標の中で、新たに4分割が行われ赤枠が時計回りに動くので、置きたい場所が赤枠に囲まれた際にスイッチを押せば、石が置かれる。もし、石の置きたい座標と別の場所に赤枠があるときに、スイッチを押してしまった際は、赤枠が4分割した座標を1周した後に、図5のように盤の右にある「1つ戻る」の場所に赤枠がくるので、その際にスイッチを押すと1つ前の座標選択の状態に戻るようになっている。また、盤の右にあるスキャンスピードの選択というところで、マウス入力になるが、赤枠が動くスピードの変更もできるようにした。スキャンスピードは、ゲーム上では15までのレベルに表示されており、起動時はレベル3の状態になっている。レベルを時間で表すと、レベル10.5秒)、レベル20.75秒)、レベル31.0秒)、レベル41.5秒)、レベル52.0秒)となっている。また、スイッチ入力を選んだ際、マウス入力も同時に動くので、マウスで入力することも可能となっている。加えて、本実験では、スイッチからの入力信号をEnterキーの信号に設定しているため、スイッチの代わりにEnterキーでの入力も可能である。




              図4:ゲームの起動時(入力方式の設定画面)






                 図51つ戻る際の選択画面



◆ まとめ

 本研究では、重度肢体不自由者の人でも行えるような1スイッチ入力での対人用のオセロゲームを試作した。その際、「できマウス。」プロジェクトが開発した「できリング。」を用いて、1スイッチ入力でオセロを行うこともできるとわかったので、「できリング。」を用いて行うオセロゲームと、試作したスキャン法入力を用いたオセロゲームを比較し、試作したオセロゲームの有効性を検証した。
 その結果、「できリング。」を用いて行うオセロゲームに比べ、試作したオセロゲームの方が、約3倍速いスピードで石を置くことができたため、操作性としてのスピードは試作したオセロゲームの方が速いとわかった。
 今回はオセロゲームの操作性ということで比較評価実験を行ったが、「できリング。」は操作に慣れることができれば、将棋や囲碁、マージャンといったようなマウスで遊ぶことができる他のゲームも簡単に遊ぶことができる。それに対し、試作したオセロゲームは、オセロゲームとして作成したために、他のゲームはできない。将棋のゲームをしたいと思えば、また新たに将棋のゲームを作成するといったことになる。また、その際ゲームによって入力方法が異なる可能性があるため、また新たに操作を覚え慣れなければいけない。このことより、試作した試作したオセロゲームは、「できリング。」に比べ、順応性が低いといえるだろう。



◆ リンク

 ・立命館大学

 ・情報バリアフリー研究室

 ・「できマウス。」プロジェクト