概要

  今日,視覚障害者が健常者と同じように生活できるよう,あらゆる場所でバリアフリー化が進められ,視覚障害者が暮らしやすい社会になりつつある.しかし,情報を提示する手段として点字を用いているといったように,現在増加傾向にある点字の読めない中途失明者の存在を考えられていない節がある.特に娯楽に関してはその傾向が強く,点字を読めないと遊べない遊具がほとんどである.娯楽は日々積み重なるストレスを解消する,いわば精神面のケアーの役割を担っている.身体面での生活水準が高まってきている今,今度は精神面の生活水準を高めることが重要となってきている.
  本研究では,視覚障害者が,晴眼者が相手でも対等に遊べるようなゲームを試作した.共同研究者(同研究室:大西)と分担で,2種類操作で動く人生ゲームを試作し,比較する評価実験を行った.
  試作したゲームの1つは,触図を用いたタッチパネルで操作する人生ゲームである.タッチパネル版の詳細については大西氏のホームページを参照されたい.もう1つの試作したゲームは,キーボードで操作する人生ゲームである.晴眼者はキーボード本体を,視覚障害者は外付けのテンキーを使用することで操作できる.突起がついたキーを中心に使用するキーを設定するなど,タッチパネル版に対して操作性に重きを置いたゲームに仕上げた.操作によって起こったイベントを,全て音声で出力することにより,視覚障害者でも遊ぶことができるように設計した.
  比較実験は,視覚障害者を2人に対し,設計したゲームをしてもらうことにより行った.ゲームをそれぞれ3回ずつ行なった後,キー操作版のゲームの感想,タッチパネル操作版のゲームの感想,それぞれを比較した上での感想に分けてもらい,評価を行った.その結果,視覚障害者が晴眼者と共に楽しめるゲームを作成するために,何が重要か判明した.


研究の背景と目的

 平成18年度厚生労働省の身体障害児・者実態調査結果によると,現在,視覚障害者の数は約310,000人おり,そのうちの約8/13が等級1・2級の重度視覚障害者であることが分かっている.つまり,約190,000人の視覚障害者が,ルーペや拡大コピーなどの支援技術を使っても文字を見たりすることはできない.更に,視覚障害者のうち,点字を読むことのできる人は約48,000人と全体の12.7%しかいないという調べがある.つまり,約140,000人の等級1・2級の人達は適切な文字読み取り手段を持っていないと考えられる.そして,点字の読めない視覚障害者の中には,近年増加傾向にある,糖尿病などの生活習慣病によって中途失明者となってしまった人達も含まれている.現在では,こうした中途視覚障害者も含め,点字の読めない等級1・2級の人達のためにも,点字を用いた伝達手段が必要となっている.
 このようなことを受け,最近では,点字を読めない視覚障害者の補助を担うシステムの一つとして,音声案内を付加したシステムの重要度が高まっている.銀行や駅などの公共機関を始め,様々なシステムに音声案内が付加されてきており,視覚障害者にとっての生活水準は高まりつつある.しかし,こうしたシステムが娯楽に使われることはまだ少なく,未だ点字を用いて行うものがほとんどである.つまり,点字を読めない視覚障害者にとっての娯楽は非常に少ないと考えられる.
 このような観点から娯楽という分野に重点を置き,本研究を行った.本研究では,点字が読めない視覚障害者の人でもパソコン上で遊べるようなゲームを試作し,視覚障害者と晴眼者が共に楽しめるゲームの作成を目指した.


試作したゲーム

 本研究では,比較実験を行うため,タッチパネル操作版とキー操作版の2種類の人生ゲームを試作した.タッチパネル操作版については大西氏のホームページを参照されたい. 本ホームページでは,キー操作版の人生ゲームについて述べる. 下の図は本ゲームの起動画面である.




 本ゲームは,タッチパネル操作版に比べ,記憶負担を極力下げるよう,システムを構築した.下の表はキーの割り振りについて,図はキーボード上での配置を示している. なお,説明の都合上,図は1枚のキーボードでしているが,本ゲームでは基本的に外付けテンキーを使用する.








比較実験

 試作したゲームを使い,比較実験を行った.被験者には,高齢の視覚障害者の方を招いた.
 実験はキー操作版,タッチパネル操作版の順番で行い,それぞれ3回ずつゲームをしていただいた.これは慣れによるスピードの変化をみるためである.
 また,順番については,先に触図に触ってしまうと,そのイメージが頭に残り,キー操作版だけに対するイメージの評価を頂けないと判断したからである.
 評価については,キー操作版の実験後に,キー操作版についての評価を,タッチパネル操作版の実験後にタッチパネル操作版についての評価を, それらを終えてから,改めて,2種の操作方法を比較していただき,評価をしていただいた.
 結果については,下の表にまとめて示す.







 赤い色で示している項目は特に評価が高かったもの,青い色で示している項目は特に評価が低かったものを示している.
 こうしてまとめてみると,キー操作版の方が評価が高かったと言える.実際,実験をしているときも被験者はキー操作版の方がストレスなく遊べているようだった.
 しかし,その一方で,キー操作版はイメージを捉えられず,人生ゲームで遊んでいる感じではなかったとのコメントも頂いた.逆に,タッチパネル操作版は, 操作性こそ悪かったが,イメージを捉えやすく,実験終了後の評価では,私たちが作成したマップに非常に近いイメージを持たれていたことが判明した.


結論

 本研究では,点字を読めない視覚障害者と晴眼者がともに遊べるゲームを目指し,タッチパネル操作版とキー操作版の人生ゲームを試作することにより,比較実験を行なった.その結果を受け,評価をすると,操作性に関しては,キー操作版の人生ゲームの方が非常に高いが,人生ゲームとしてのイメージを捉えやすいのはタッチパネル版の人生ゲームであったとなる.どちらも長所は出てきたのだが,実際に遊んでみると慣れやすさが重要なウェイトを占めていることがわかる.このことから,現段階では,キー操作版の人生ゲームの方が,より視覚障害者と晴眼者が対等に遊べるゲームであると判断した.しかし,これはあくまで現段階の評価での判断であり,タッチパネル操作版を操作性の悪さが苦にならないほど繰り返し遊べば,一概にキー操作版の方が,評価が高くなるとは言えない.むしろ,タッチパネル操作版の強みである,イメージを捉えやすいことが評価を得て,逆転することも考えられるだろう.
 このことを踏まえると,タッチパネル操作版とキー操作版を分けて考えるのではなく,互いの長所を生かし,融合することも一つの手段として考えられる.そうすることにより,今よりも慣れるまでのスピード早く,イメージも捉えやすいゲームを作成でき,視覚障害者と晴眼者がともに楽しむことができる娯楽が生まれる可能性も出てきた.
 今回の実験では,視覚障害者が晴眼者と対等に遊ぶことができるゲームを作成するためには慣れやすさが重要になってくることがわかった.例え,視覚障害者のための機能を多く付けたとして,それを視覚障害者が扱いきれないようでは,本当の意味で視覚障害者のために作られたゲームとは言えない.それに加え,視覚障害者でもイメージを捉えやすいゲームを作成できれば,より評価の高いゲームが完成するだろう.視覚障害者が容易に理解することができ,イメージを捉えやすいゲームこそが,今後,視覚障害者と晴眼者が対等に遊べるゲームとなると,今回の実験の結果を受け,考えた.


情報バリアフリー研究室