2008年度 卒業論文

『スキャン法入力による辞書ソフトの試作』

情報バリアフリー研究室
荒木 久直



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概要


 本研究では,上肢障害児・者を対象とした,パソコン上で扱う国語辞書ソフトを試作した.試作した辞書ソフトは,スキャン法入力という入力手法を用いており,1つのスイッチのみで全ての操作を行うことができる.そのため,重度の上肢障害を持った人でも扱うことが可能である.


背景と目的


 上肢障害児・者のための辞書ソフトを作るに至った社会的背景として,以下の3つの問題点が挙げられる.

◇上肢障害児・者にとって,既存の辞書(紙媒体・PCソフト)は扱いにくい.
◇上肢障害のある子供たちは,語彙の理解が進みにくい傾向がある.
◇上肢障害児・者のための辞書ソフトが存在しない.

以上のことから,本研究では上肢障害児・者にとって使い勝手の良い辞書を作るということを目的として研究を進めた.


スキャン法とは


 試作した辞書ソフトは,全ての操作を1つのスイッチのみで行う.これを実現させるため,スキャン法という技術を用いる.スキャン法には様々な種類があるが,その中でも自動スキャンという手法を用いる.これは,パソコンのモニタ上にボタンが表示されており,各ボタンをカーソルが自動で順番にスキャンしていくので,ユーザはカーソルが任意の位置に来た時にスイッチを作動させるとそのボタンが選択されるという入力手法である.この手法は,入力速度こそ遅いものの,1つのスイッチを作動させるという単純な操作さえできればよいので,重度の障害があっても使用することができる.


試作ソフトについて


■ハードウェア構成
 試作した辞書ソフトを使用する際は,以下のようなハードウェア構成が必要となる.


 使用するスイッチ機器は,ユーザの障害の状況に合わせて,まばたきスイッチや筋電スイッチなど,様々な種類のスイッチが接続可能である.スイッチ機器は,スイッチ用コネクタを介してパソコン本体にUSB接続する.写真では押しボタンスイッチを接続して使用している.

■画面構成と操作の流れ
 試作したソフトウェアの画面構成は以下のようになっており,機能ごとに4つの部位に分かれている.操作の流れにそって,@〜Cの部位を順に操作していく.


@スクリーンキーボード部
 スキャン法入力により文字入力を行う部分.ソフトの終了や,スキャン間隔の設定も行うことができる.
 ここでは,二次元(二段階)選択によりボタンの入力を行う.二次元選択とは,まずカーソルがア→カ→サと1列づつスキャンしていくので,先に列を選択を行う.列を選択したら,その列の中をさらに細かくカーソルがスキャンしていくので,任意のボタンを選択するという方法である.




A入力文字表示部
 スクリーンキーボードで入力された文字列を表示する部分.

B候補選択部
 調べたい語の同音異義語を候補として表示し,スキャン法によって任意の語を選択する部分.スクリーンキーボードで文字入力を終え,”決定”ボタンが入力されると候補選択部のスキャンが始まる.

C意味情報表示部
 候補選択部で選択された語の意味情報や品詞情報を表示する部分.この状態からスイッチを入力すると文字入力に戻る.

■試作ソフトの特徴
◇不随意運動の対策
 上肢障害児・者の中には不随意運動を持った人もいる.不随意運動とは,痙攣や震えにより,本人の意思とは関係なく現れる異常運動のことである.不随意運動があると,スイッチを押すとき,本人は1回だけ押すつもりでもスイッチを連打してしまうことがある.そこで,ボタンが連打されても,最初の1回だけを入力として受け付ける仕様にした.これにより,不随意運動があっても自分の思ったとおりに操作を行うことができる.

◇ユーザ設定の引き継ぎ
 スクリーンキーボードの”設定”ボタンを選択すると,スキャン間隔を自分の障害の程度に合わせて任意に設定することがができる.この設定は,ユーザ設定として保存されるので,次回起動時以降も自分の設定が引き継がれるようになっている.なお,スキャン間隔の変更もスキャン法入力によって行うことができる.

◇動作の高速化
 試作した辞書ソフトで用いる辞書データは非常に大きいファイルである.候補や結果を表示するときは,この辞書データ内を文字列検索する.その際,動作を高速・軽量にするため,辞書データの分割とハッシュテーブルを用いた文字列検索を行っている.これにより,結果をほとんど待ち時間無しに表示することが可能になった.

■辞書データについて
 試作したソフトは国語辞書であるので,国語辞書の中身のデータが必要となる.本ソフトでは,EDR(株式会社日本電子化辞書研究所)が開発したEDR電子化辞書を使用している.これは,現在NiCT(独立行政法人情報通信研究機構)によって管理されている.


まとめ


 本研究では,上肢障害児・者にとって使いやすい辞書をつくるという目的で,スキャン法入力を用いた1スイッチで操作する国語辞書ソフトの試作を進めた.試作したソフトは,EDR電子化辞書やスイッチ機器を用いてシステムを構築し,実際に1スイッチで扱える辞書ソフトが完成した.
 今後の展望としては,辞書の種類の追加や,入力手法の評価・比較などが挙げられる.


リンク


◇立命館大学
◇情報バリアフリー研究室
◇NiCT EDR電子化辞書